みなさんは REI (アールイーアイ)をご存じでしょうか。
日本では「レイ」と呼ぶ人も多いかもしれません。
正式な名前は「Recreational Equipment, Inc.」。その頭文字をとったのがREIです。
アメリカのアウトドア好きなら、まず知らない人はいないアウトドアショップです。
Stock HillではREIも取り扱っています。

理由は僕たちが好きだから。
調べてみると、このお店の始まりはたった1本のピッケルでした。
そして今も、株主ではなく会員みんなが持ち主の「協同組合」として続いています☺︎
ここではその魅力をお伝えします。
1本20ドルのピッケル
1930年代のアメリカ、シアトル。

写真:Seattle Municipal Archives, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
ロイドとメアリーのアンダーソン夫妻は、地元の登山クラブ「マウンテニアーズ」に入って山に登る、普通の登山好きでした。
悩みは、道具が高すぎること。
ちゃんとしたピッケルは1本20ドル。当時としてはかなりの大金です。
地元のスキーショップは間に入って値段を上乗せし、オーストリア製をまねた割高な品を売っていたそうです。

写真:LBM1948, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
そこでロイドは考えます。
だったら、本場オーストリアから直接取り寄せればいい。
そうして届いたオーストリアのピッケルは、送料込みでたったの3.5ドルでした。
20ドルが、3.5ドルに。
この話はすぐに山仲間の間に広がり、「自分の分も」という声が集まります。
みんなでお金を出し合って、まとめて買う。それがREIの始まりでした。
テントはメアリーが縫い、ロイドが防水加工を吹き付けた。
テントづくりまで、夫婦の手作業だったんです☺︎
会費は一生分1ドル
1938年、アンダーソン夫妻は弁護士の友人の助けを借りて、山仲間21人と一緒に正式に協同組合を作ります。
全部23人。会費は、一生分で1ドルでした。
最初のお店は、地元の協同組合の食料品店の棚ひとつ。在庫置き場は、アンダーソン家の屋根裏でした☺︎
創設のときに残した言葉は、とてもシンプルです。
「この組織を作った者たちの狙いは、まとめ買いができるだけの会員を集めることだった」
山仲間でお金を出し合って、良い道具を安く手に入れる。ただそれだけです。
ロイドは生前、こう話しています。
「REIは協同組合だし、ずっとそうあるべきだ。友達から儲けるべきだなんて、一度も思ったことはない」
2000年にロイドが亡くなったとき、当時のREIのCEOはこう振り返っています。
「だからREIは、『アンダーソン株式会社』ではなく協同組合として作られた。
利益は、登山を愛する仲間たちと分かち合うものだった」
そして驚くのは、この形が今もそのまま続いていることです。
REIは今も、株主のための会社ではなく、会員のための協同組合です。
- 会費は一度きり30ドルで、一生有効
- 毎年、買い物の額に応じて会員に還元(だいたい10%が目安)
- 会社の方向を決める取締役を、会員が選挙で選ぶ
23人で始まった協同組合の会員は、2025年には2600万人になりました。
REIは自分たちのことを、こう説明しています。
「協同組合として、私たちは利益よりも目的を優先し、会員と地域の長期的な利益のために行動します」
利益よりも目的を優先する。
個人的に、株主のために短期的な利益を追わないL.L.Beanや、社員が協同組合を作って会社を買ったLIBERTY GRAPHICSの話と、すごく近いものを感じます☺︎
エベレストに登った店員さん
1955年、REIに初めての正社員が入ります。
創業者のロイドが雇ったのは、ジム・ウィテカーという若い登山家でした。
給料は月400ドルと、売り上げに応じたボーナス。
その店員さんが、1963年5月1日、世界の頂に立ちます。
シェルパのナワン・ゴンブとともに、アメリカ人として初めてエベレストの山頂にたどり着いたのです。

写真:shankar s. from Poona (Pune), India, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
アウトドアショップの店員さんが、エベレストに登ってしまった。
もうこれ以上の説得力はないですよね😂
REI自身も、この出来事をこう振り返っています。
「この無料の宣伝が、REIを無名の存在から一躍有名にした」
1965年には、ケネディ大統領の弟、ロバート・ケネディ上院議員を案内して、カナダのケネディ山の山頂まで登っています。

写真:ゲイリー・クラーク, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
そして1971年から1979年までは、REIの2代目のCEOに。
最初の正社員が、会社のトップになったんです。
ウィテカーは2026年に亡くなりました。
REIは彼について、こうコメントしています。
「ジムは、勇気が目的に根ざしたときに何ができるのかを、世界に見せてくれた」
「曲げて、壊せるものなら壊した」
REIの道具は、どうやって選ばれていたのか。
1960年から1996年までREIで働いた、ゲーリー・ローズというバイヤーがいます。
最初の仕事は「床を掃くこと」。
そこから、何十年もアウトドアの道具を選び続けた人です。
彼が語る、当時の道具の確かめ方が最高です。
「曲げてみるんだ。壊せるものなら、壊したよ!」
これを聞いた、今のREIの試験室で工房のリーダーを務めるジム・ホーレンベックは、こう返しています。
「今も、だいたいそんな感じのことをやっています」
この試験室の名前は「マグナソン・ラボ」。
1971年にできた試験室で、名前は元ボーイングのエンジニアで、REIに品質管理の部署を作ったカル・マグナソンからとっています。
飛行機を作っていた人が、アウトドアの道具を確かめていた。
心強すぎますね😂
今もREIの自社ブランドの服や道具は、ここで試験を受けています。
トレッキングポールを何週間も塩水につけたり、重りを入れた袋をアウトドアチェアに何度も落としたり。
実際に外で使うときの負担を、わざと再現しているんです。
道具を山で使う人たちが、自分たちの手で確かめて選んでいた。
古着でREIのタグを見つけると、そんな店員さんたちの姿が浮かんできます☺︎
これは、REIだけの話ではありません。
L.L.Beanの創業者、L.L.ビーンもそうでした。
1967年にビーンが亡くなったとき、地元メイン州のマスキー上院議員は議会でこう語っています。
「彼は、店に並べたり、フリーポートの工場で作ったりした何百ものアウトドア用品を、一つひとつ自分で試していた」
当時のワシントン・ポストには、「ビーン氏は、婦人靴以外のすべての品を自分で試した」とまで書かれていました😂

コロンビアは、もっと体を張っています。
1984年から流れたCMでは、「ワン・タフ・マザー」のゲルト・ボイルが、社長である息子ティムを新製品の”実験台”にしました。
氷づけにされたり、ジャケットを着たまま洗車機に通されたり、崖からぶら下げられたり😂
コロンビアは今も、「道具を試すためなら、とことんやる」と言っています。

話をREIに戻すと、REIは今、中古の道具も売っています。
2018年にオンラインで中古品の販売を始め、2020年には会員が使った道具を下取りする仕組みも始めました。
そのときの、REIで中古品の事業を担当するケン・ヴォラーの言葉が、これです。
「中古の道具を買うことは、あなたや私が二酸化炭素の排出を減らす、最も良い方法のひとつだ」
古着屋としては、もう頭が上がらない言葉です。
一番売れる日に、店を閉めた
アメリカには、一年で一番物が売れる日があります。
11月の感謝祭の翌日、ブラックフライデーです。
2015年10月27日、REIはこんな発表をしました。
ブラックフライデーに、143のお店すべてと本社、物流センターを閉める。
従業員1万2000人には、お給料を払ったうえで休みにする。
そして呼びかけたのが、「#OptOutside(外に出よう)」。
当日のREIのサイトは、真っ黒な画面で「外に出よう」と呼びかけるだけ。
一番の稼ぎどきに、です。
当時のCEO、ジェリー・ストリッツケの言葉です。
「ブラックフライデーは、大切なことを思い出すのにぴったりの日です。
外で過ごすことを選べば、人生はもっと豊かで、つながりに満ちたものになる」「ブラックフライデーは行き過ぎてしまったと私たちは考えています」
この呼びかけは一気に広がりました。
当日を前に共感の声は100万件近く。150以上の企業や団体が加わり、いくつもの州立公園がその日の入園を無料にしました。
REIはその後も毎年店を閉め続け、2018年の時点で4年連続。
それまでに1500万人と700以上の団体が加わっていました。
そして2025年、OptOutsideは10年目を迎えました。
REIは今もブラックフライデーに195のお店すべてを閉め、1万4000人の従業員にお給料を払って休みにしています。
10年間でREIの従業員が外で過ごした時間は、合わせて120万時間以上。
お給料が出る休みにすると、15万日分です。
売ることよりも、外で過ごす時間の方が大切。
それをアウトドアショップが、一番売れる日に行動で示しました。
個人的に、この記事で一番心をもってかれた話です☺︎
アウトドア好きな僕らからしたら、どの話もめちゃくちゃ素敵で、もう最高です!!
なぜ僕らが魅了されるのか
REIの何に、僕らは魅了されるのか。
始まりは、山好きの夫婦が「良い道具を、仲間と手の届く値段で」と思ったことでした。
店員さんはエベレストに登り、バイヤーは道具を曲げて壊して確かめた。
そして一番売れる日には、店を閉めて「外に出よう」と言った。
売るための会社ではなく、山や森で過ごす人たちのためのお店。
もうすべてが素敵すぎてさらにREIが好きになりました!!
そして「中古の道具を買うことは、二酸化炭素を減らす最も良い方法のひとつ」。
そう言い切るアウトドアショップの服を、StockHillとして次の誰かに渡せるのはとても理念に沿っていると感じます☺︎
首元にREIのタグを見つけたら、ぜひ手に取ってみてください。
そして気が向いたら、その服を着て外に出てみてください。
参考:REI公式サイト(Uncommon Path、Newsroom、会員制度)、The Seattle Times(2000年9月23日、2017年メアリー・アンダーソンの訃報)、米議会記録・The Washington Post(1967年2月9日)、Columbia公式サイト(Our Story)
