#7. なぜ僕らはカモ柄(カモフラージュ)に魅了されるのか。その歴史と種類|自然界から戦場を越えてアウトドアの定番になるまで

なぜ僕らは魅了されるのか。

どんなカモ柄(カモフラージュ)がお好きですか?

アウトドアブランドの服でもたくさんの模様を見かけますよね。

Stock Hillにもたくさんのカモ柄が入荷することがあります。

カモ柄がどこから来て、なぜ僕らがカモ柄に魅了されるのか。

ここでお伝えします。


カモフラージュのルーツは自然界にある

カモフラージュは、もともと人間が発明したものではありません。

タコに溶け込み、カエルに消え、に紛れる。生き物たちは何百万年もかけて周囲の環境に見えなくなるすべ身につけてきました。人間も古くから狩りをするときに泥を体に塗ったり、葉をまとったりして獲物に近づいていました。

「カモフラージュ」という言葉自体もともとフランス語で「煙を吹きかける」という意味から来ています。

見えなくする、惑わすという発想は、人類が文明を持つ前からすでにありました。


1915年フランス、芸術家たちが作った軍事迷彩

カモフラージュが本格的な「技術」になったのは第一次世界大戦のことです。

1915年のフランス。飛行機からの空撮普及し、地上の兵器や部隊が上から丸見えになりました。

フランス軍は30人の画家を集め、戦車や大砲を森や地面に溶け込ませるための模様を作らせました。集められたのはパリで活躍していたキュビスト(立体派)の画家たちでした。

1907年にパブロ・ピカソがアフリカ彫刻に興味を持ち描いた絵画作品。「キュビスム革命」の発端となったアビニヨンの娘たち(Les demoiselles d’Avignon)

最初のカモ柄は「服の柄」ではありませんでした。

画家たちがやっていたのは大砲・戦車・テント直接ペンキ模様描くことでした。現実バラバラ分解して描くキュビズムの手法は、形を崩して背景に溶け込ませるカモフラージュ相性が良かったのです。

当時のカモフラージュ部隊のリーダーはこう言っています。

「物体の形を完全に変形させるために、キュビストが使う手法を使わなければならなかった」。

パリでカモフラージュされた大砲を見たピカソは「これを作ったのは僕たちキュビストだ!」と言ったという逸話が残っています。

大砲へのペイントから始まり、やがてネットや布へ、そして兵士の服へと広がっていきました。


軍から街へ——ベトナム反戦運動とカモ柄

戦争が終わると軍の払い下げ品大量に市場に出回りました。

1960〜70年代のアメリカ。

ベトナム戦争への反対運動が広がる中、デモに参加する若者たちが軍の払い下げジャケットを着て街に出ました。アーミーサープラスストアで1着2ドルから手に入るものでした。

軍服を着ながら戦争に反対するという矛盾した構図。「軍の服を着ながら戦争に反対する」という皮肉な抵抗の象徴として、カモ柄や軍服はカウンターカルチャーのシンボルになっていきました。帰還した兵士たち自身も自分の軍服を着てデモに参加しました。

1970年代半ばになるとニューヨーク・タイムズのスタイルページが「Surplus Chic(サープラス・シック)」という見出しで特集を組みました。

かつて反体制のシンボルだったボロい軍服が気づけばスタイリッシュなファッションとして新聞のスタイルページに載るようになっていました。

1980年代に入るとアンディ・ウォーホルとフランコ・モスキーノがそれぞれカモ柄を使って作品を作りました。

ウォーホルはカモ柄をピンク・黄・青・紫など派手な色で描きました。「隠れるための模様を、逆に一番目立つ色にする」。

これはウォーホルが亡くなる直前に作った最後の作品集になりました。


ハンターたちが作った独自のカモ柄

軍のカモ柄は緑と茶が中心で密林や草原向けに作られていました。

しかしアメリカ東部の森冬になると葉が落ちるので全くカモフラージュにならない。それに気づいたハンターたちが自分たちのための柄を作り始めました。

Duck Hunter(1942年) 第二次世界大戦の軍用迷彩が払い下げを経てハンターに渡ったパターン。

Trebark(1980年) バージニアの高校教師がアメリカの森に合わせて作った現代ハンティングカモの原点。

Mossy OakとRealtree どちらも1986年に創業したブランドで、それぞれ20種類以上のパターンを展開しています。


アウトドア系カモ柄の代表3パターン

ERDL(1948年)

米陸軍の研究機関が開発した葉っぱ柄。緑・茶・黒・砂色の4色で葉や枝の形を表現したパターンです。開発から20年近く眠り続け、ベトナム戦争が激化した1967年にようやく精鋭部隊に支給されました。このERDLを60%拡大し輪郭を描き直したものが後のWoodlandです。

ベトナム戦争時代のERDLカモフラージュを着た米軍兵士。
(U.S. National Archives, NARA)

Tiger Stripe(1950年代)

南ベトナム軍がフランス軍のカモ柄をベースに作ったパターン。密林での近距離戦に対応するため緑・茶・黒の縦縞を組み合わせました。ベトナム戦争中にネイビーSEALsやグリーンベレーが着用したことで有名になりました。特定の一つのパターンではなく「縦縞系カモ柄の総称」で、バリエーションが20種類以上存在します。

1966年、ベトナム戦争。タイガーストライプを着たLRRP(長距離偵察隊)のチームブリーフィング(U.S. National Archives)

Woodland(1981年)

米軍がERDLをもとに作り上げた標準カモ柄。1981年から2000年代まで約20年以上、アメリカ軍の顔として世界中に広まりました。世界30カ国以上がこのパターンをそのままコピーまたは参考にして採用しています。アメリカ軍がデジタル迷彩へ移行した後も払い下げ品として市場に出回り続け、今も古着に残っています。

M81 Woodland カモフラージュパターン。1981年に米軍が採用し、30カ国以上がコピーした。(Wikimedia Commons)

カモ柄を着るとき、その背景を知っていると一味違う

自然界で動物がする擬態から始まり、第一次世界大戦の画家たちが形にし、ベトナム戦争で戦場を渡り、反戦運動で街に出て、ハンターたちが森に合わせて作り直した。

その積み重ねが古着として今ここにあります。

カモ柄を着るとき、その服の歴史を知っている状態で着ると、また一味違う楽しみ方ができると思います。


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